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2005/03/09

折檻折檻折檻

一日一喝 | 入試制度など実はどうでもいいのではないかの段

将来浦和にある相方の実家で相方の両親と同居し、子供などもできて都心に通勤するのがかったるくなったらプチリタイアしてお気軽コミュニティカレッジとして軽自動車で通おうと目をつけている「埼玉大学」の助教授様のブログ。「ミクロ経済学、流通経済論などを担当」とのことで、少し前のエントリである「むかしのおかしのはなし」などもものすごく面白いんだけど、今回の”普通の文章ではあまりに迷惑をばら撒くような場合に出てくる”「殿と猿の会話」も、「地方の旧帝大が教養部を改組して作っちゃった怪しい研究科」の卒業生である自分なんかにはけっこう面白い。

わたしらはあくまで学生で、しかも他の「伝統ある」研究科と違ってほとんどが他の大学で学士号取った後で入ってきた「歴史あるわが大学」への愛などもないヤツラだったのだが、「この研究科、この先どーすんだろーねえ」という会話は、在学中に結構話題になっていた。なぜなら研究科がはじまってすでに数年で入学希望者が減少していたからだ。論文の引用数が世界一だとかいう理系学部に比べてあきらかにしょぼい文系学部がオマケのように存在する大学そのものに大した思い入れはないが、やっぱり研究室に毎年それなりの数の院生が入ってこないと演習も盛り上がらない。

それでも国内に同様の研究分野を掲げる研究科が少ないわが講座にはそこそこ毎年希望者があったが、国内どころか学内(つまり「伝統ある」文系学部様)に似たような講座のある他の講座は悲惨そのものだった。

しかし大学側が何かやっているようには見えなかった。
所属していた講座の教授連は、まあもともと国内に研究者が少ししかいない分野でもあるので、あちこち顔を出して「その分野をやりたいなら××大学へいきなさい」と他の大学の教授に言ってもらえる仕組みを作っていたようだったが、ようするにそれってコネオンリーだよなあ。

で、わたしは講座で初めて民間企業への就職を決意したヤツだったのだが、同じ院生でも教授推薦で華麗に「一流大企業」へ就職を決めていく理系の人々(塾の講師仲間だったりするが)とは対照的に、われわれ(わたしと他の講座の民間就職組)はゴーレムに素手で立ち向かうような間抜けな就職活動をしていた。わたしも、数年前私立大学に在学中はバカにしていた「就職戦線異状なし」みたいなことをやるしかなかった。日本になじみのない国のちょっと前の経営史などという「何の役にも立たない研究」をし、トシだけ取っていたわたしには、一般企業の間口はあきらかに狭くなっていた。

ま、結局就職できたし、修士課程の3年間(留年したのだ)がなければ本当に学問的なものの考え方や手続きを学ぶこともなく、そしたら今の仕事など到底できなかったような気もするし、何よりも「数年後また金を払って研究する暮らしがしたい」と思っているのだから、結局おっけーだったということか。

在学中すでに40代だった助教授がついに結婚するというので土曜日はお祝いにいくのだ。先生、おめでとう!

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コメント

 40過ぎて「あれは一生独身だろう」と思われていた先生がテニスクラブで若い女性をゲットした実例もあるので油断はなりません。

投稿: 並河 | 2005/03/09 16:33

うわっ、先生、わざわざコメントいただき恐縮です。
大学の先生は学生結婚か30代後半以降に教え子をゲットするかどっちかだ、というのが口の悪い院生の言い草でしたが、やっぱりそうなんでしょうかね。

投稿: いずみん | 2005/03/11 00:51

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