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2006/04/17

就職サイトにまつわる議論

リンク: もじれの日々; 就職情報の大学間格差生成装置としての就職サイト.

はたらく系のためになるサイトとして常々読んでいる東大の本田先生のサイトで、学生向けの新卒就職サイトが批判されている。その類のサイトにかかわっている者としていつも以上に関心を持って読んだ。

データとして立教大学の学生が卒論で、「他の条件をすべて統一して大学名のみを変えて就職サイトに複数の架空登録をした結果、偏差値の違いでぜんぜん送られてくるメールの数が違った」ことが紹介されており、「就職サイトはそうした個々の企業の大学差別をシステマティックにかつ「自動的に」かつ「大々的に」に集約・媒介して広く送り出しているという点でやはり問題があると考える」と補足結論がある。

すでに多数のトラックバックが送られていて、「あのー、能動的に企業情報を求めるのであればそれらのサイトで在籍大学にかかわらず情報収集が可能なんすけど」「企業人事が学歴を便利なスクリーニング手段としていること自体を批判すべき」「新卒一括大量採用がそもそも問題だったんじゃね?」「だいたい地方の大学は偏差値に関わらず情報収集がタイヘンだ」「つーか中小企業・地方企業は逆に学生にサベツされて人が取れてねー」などなど、多くがまさにごもっともな意見だ。

人材が組織にとって「リソース」のひとつであって、市場が存在している以上、そのリソースの持つさまざまな属性によってつど価値が決められていくのは仕方がない。てゆーかそうじゃない社会はわたしは望んでない。

大切なことは、

・市場価値を決める基準が多様に存在している

・自分の市場価値を高める機会をいろんな形で個人が持つことが可能

・いろいろな理由で市場から離れ一時的に価値が低下しても復活できる

・労働者としての市場価値が低い(労働機会が少ないor得られる報酬が少ない)からと言って人間としての尊厳が失われることにないようにすること(派遣だニートだフリーターだといってバカにする、バカにされてムカつくからといって子供や老人に当たったり企業テロをしかける?等など)

だと思う。もちろん市場そのものは大きければ大きいほどよいので、景気がいいことは大前提だ。

このへん、とくに4番目について本田先生はとても大切に考えているので、今回のような意見表明になってしまったのだと思う。

就職サイトや転職サイトはそれ自体、営利企業が運営しているので、市場の中のもっとも利潤の出やすいところがサービスの中心になってしまうのは当然といえば当然だ(それらの運営主体企業はたいてい、強烈に営業会社だし)。

本田先生や、労働市場における弱者(現時点で市場価値が低い人)が恐怖や、怒りを感じるのは、それらのサイトもしくはサービスによって、本来多様であるべき市場がそうでなくなっている、一定の型に固定化されてしまうように思われるからなのだろう。それはとても正当な恐怖、怒りだと思う。いろいろ誤解とか、単純化のしすぎとかはあれども。

じゃあそういうのをどうやって乗り越えるか?

ここで、政府がなんとかしろとか、言う人結構多いけど、それじゃ市場を否定することになりまつよ~~~ということでわたしはその意見は採用しない。

やっぱ、市場の参加者自身の努力、イノベーションしかないっしょ?できるだけ大きく、できるだけ多様な市場を、自分たちでつくる。

言うのはかんたんなんだけど………ま、そのために転職したようなもんなんで、がんばります。

一生かかるかもしれんが。一生かけたつもりでも結局何もつくれないかもしれんが。

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