« 2006年4月 | トップページ | 2006年7月 »

2006/06/12

ボーナスを生活費にしてはいけませんという話

リンク: bewaad institute@kasumigaseki(2006-06-10).[economy]農家の経済学・前編:フリードマンは農家はケチであると語りき

ちょう有名なお勉強サイト(管理人は現役キャリア官僚さん)の記事。

その前の記事で、農家の恐ろしい実態 まとめサイト というのが紹介されていて、コメント欄が盛り上がっていたのだが、そこからの発展で、「なぜ農家はケチなのか」というお話。

エラい経済学者、フリードマンさんが言うには、同じ額の所得でも、固定で貰ってる分が多い人のほうがお金をいっぱい使いますよ、と。で、農家の場合、農作物の値段というのは市況に非常に左右されるので、「これだけは確保」という固定分が他の商売に比べて少ない。だからケチになるのは合理的なんでは?ということだった。

うーん、感覚としては非常に納得。

大学院在学中、農家の娘が同じ研究室にいて、彼女と「家の経済感覚」について話し合ったことがある。両家とも長女を(何の役にも立ちそうもない文系の)大学院にやり、長男は東京の私立理系大学に出しているということでまあ、田舎にしてはソコソコである。

しかし、経済感覚はだいぶ違った。彼女の家は現金収入の構造から見ると兼業農家であるが、普段は農業をやっていてヒマなときに土方などやったりしてるというので気分はカンペキ農家である。で、年に一度のコメの収入が家計の基本であり、他野菜を作ったり土方で得た収入はすべて臨時収入として考え、アテにはしないとのことであった。

翻るにわが実家は個人商店の魚屋兼八百屋であって、毎日毎日鮭や帆立や大根やりんごを売って生計を立てている。実は法人向けの商売もやっていて、それは支払いサイトも長く毎回の支払い金額もほぼ一定であり、かつ収入に占める割合は高いのであるが、農家の土方同様、気分はやっぱり長ネギ1本80円でいかに儲けるか、毎日お客さんがたくさんきて店が繁盛するにはどうしたらいいか、というところに集中してしまうのである。

で、家計は常に超どんぶり勘定であった。もちろん店の資金繰りはしているのだが、家族の消費についてはすんごいいいかげんだったのだ。で、気が向くと外食に出かけたり、デパートで買い物しちゃったりするのである。

そして両親は、「まあ、今日使った分は明日稼げばいいんだよ」とよく言っていた。江戸っ子か。うちは蝦夷じゃないか。

まあこのように明らかに商人根性というか、投資という感覚が希薄なので当然店を拡大して市内にチェーン展開!などは望めず、いまだにちまちまと個人商店をしている。

さて、このような家庭に育って今自分はサラリーマンなのだが、そういえば初めて「ボーナス」というものを貰ったとき、ものすごく不思議な気がしたのを覚えている。毎月の給料は自分の働きに応じているはずだが(本当はペーペーなので会社がわたしに先行投資してくれてるだけだ)、ボーナスはいったい何に対する報酬なのだろう??という気がしたのだ。まさに天からカネが降ってきた感覚。

これが生まれて初めての「臨時収入」だった(お年玉とかはまた別の話)。

現在在籍している会社のボーナスは、3ヵ月ごとの評価によって左右される。そうすると農家出身の友人的に考えると、臨時収入としてアテにしないのがよい(貯金しておく)、ということになりそうだ。しかしボーナスが3ヶ月ごとに出ると言うのは会社の規定で決まってるではないか。じゃあわたしの両親の言う日銭の一環か?

実は次のボーナスの行き先も、だいたい決まってるんだけど、それって農家的なのか商家的なのか………??

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年7月 »