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2006/07/03

リセットしたい人々

リンク: 玄倉川の岸辺:ハンカチを窓から投げ捨てろ!.

鏡の法則(ハンカチを用意して読め!)というエントリが話題になっているらしい。愚にもつかない話なのでそっちにはトラックバックは打たない。どのへんが愚にもつかないのかは読んで判断してください。

玄倉川さんが

以前、「水からの伝言」という記事を書いたときにも思ったが、あまりにも多くの人たちが「いい話」「泣ける話」「感動」への警戒心を持っていない。
婉曲に言えばお人よし過ぎ、ナイーブ過ぎであり、はっきり言えば愚かしい。

と書いているのを読んで、そういえばこの手の話に引っかかる人は、たぶん「もし世界が100人の村だったら」にも感動するんだろーなー、と思った。

実のところ、ダメな自分(人に嫉妬したり、できないのを誰かのせいにしたり、面倒くさがりだったり、弱いものをバカにしたり等々)をリセットして、澄んだ心の善人になりたいと思っている人って意外と多いのかもしれない。魂の救済とか、来世で天国にとか、そんなことではなくて今、立派な心栄えの人になりたいと。

わたしはあまり宗教について考えたことがないのでここからは(ここまでもだが)シロウト意見になってしまうが、かつての宗教では、聖と俗が分離していて、ひたすら祈ったり修行したりする聖の人に対して、俗の人はそれを「徳の高いお方」として尊敬して寄進したりしてたんだと思う。しかし今の日本では(欧米ではプロテスタント普及以後か?)、俗の人が俗のまま聖に近づきたがってるように思える。そのために、感動する話を読んで、自分の行動をいくらかでも変えたいと。

しかし、俗=日々の生活にまみれたしょーもない存在=上に書いたダメな自分、であることを維持しながら聖となる、つうのは本当はすごく大変なんじゃないだろうか。それを成し遂げるためには、絶望しながら考え続けるしかないように思う。

わたし?わたしもいちおう絶望しながら考え続けることはしようと思うが、こんな中途半端で聖にたどりつけるような気もしないので、せっせと神社でお札もらったりお寺で手を合わせたりしようと思います。

この話も相当ひどい。どのようにひどいかはこのへんを参考。

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コメント

私も「魂の救済」とか「より良い人生の生きかた」とかを否定するつもりはありません。ニヒリストを気取るほど若くはないし。
ですが、「鏡の理論」が「人生のすべての問題を解決する」なんて安直きわまるアイデアは到底信じられません。
人生がそんなに簡単なものであるのなら、釈迦やキリストや古今の宗教家・哲学者たちが命懸けで苦悩するはずもない。
あんな駄文を読んで感動してしまう人は人生の複雑さ・苦さを知らないんじゃないかと思います。
単なるフィクションとして楽しみカタルシスを得るだけなら映画を見たり小説を読むほうがずっとマシです。

投稿: 玄倉川 | 2006/07/04 01:01

玄倉川さん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、かなり安い話ですよねー。
両親との葛藤は、それなりの年齢の人であれば多かれ少なかれ経験しているはずなので、そのへんでちょっと考えさせるところがミソなんでしょうか。
わたしは最後の本の紹介で、「そういえばこういう長文エロサイトスパムがあったな~」と思い出し、笑ってしまいました。

投稿: いずみん | 2006/07/04 10:12

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